映画 「マタドール」 ペドロ・アルモドバル 1986年 スペイン

いやあ、素晴らしいですよ。おバカおバカと敬意をもってアルモドバル氏の映画を観てきましたが、本当におバカです。でも映画自体は驚くなかれ真剣なサスペンスです。ケガをして引退したマタドールが犯した倒錯的な殺人をめぐって、関係者全員がこれまた倒錯的に巻き込まれていくのです。この先いったいどうなるのって興味をかきたてられる脚本の素晴らしさもそうですが、シーンの作りこみ、演出がすごいです。繊細かつ大胆って簡単に人は言いますが、こういうことなのですねって納得します。

モンテスは闘牛でケガをし引退した英雄的マタドール。彼はその事故以来、傷に対して異常な性欲を抱くようになってしまいます。そのために、二人の女性を過去に殺してしまっていたのですね。父親を早くに失い、信仰心が全てで異常に強面の母親に抑圧されていたヒメネス少年は、モンテスに理想の父を投影し、ねじれた愛情を抱いています。彼はモンテスの過去に犯した罪を全て背負い込もうとします。そんなモンテスに言われたひとこと、「お前はホモか?」という言葉に逆上したヒメネス少年は近所の少女を強姦しようとします。この少女はモンテスの彼女なのです。だから彼女を狙ったのですね。でも、ヒメネス少年はへたれですから、未遂に終わります。
へたれのヒメネス少年は罪を告白しようと警察に行きます。このシーンがまた素晴らしい。ヒメネス少年が警部に紹介されて会うという普通だったらなんてことないシーンですが、パーテーションのガラス越しに警部と目が合った少年はなかなか直接警部に会えないのですね。ガラスのパーテーションをはさんで長いこと長いこと二人並行して歩かないといけないわけです。そのとき、警部がびっこをひいてることに観客は気づくんですね。そうです、この映画の中では父性を示す人はびっこをひいているんです。だからなかなか出会えないんです。そこでヒメネス少年はモンテスが犯した罪を自分の罪として告白するのですね。警部は唖然としてます。このまともに強姦もできない、血を見ると気を失ってしまうようなへたれの少年が殺人?
そこにカルデナル女弁護士が登場します。美人ですよ~。ほんとに。この女弁護士もねじれてるんですねえ。実はマタドール・モンテスがケガをした闘牛を観ていて、モンテスに恋焦がれていたのですね。何がねじれてるってこの女弁護士も人殺しなんです。モンテスのような男をもとめてマタドールと寝るわけですね。でも違うんです。モンテスじゃないとだめなんです。それで殺してしまったんですね。その後、女弁護士はモンテスに当然会うわけですが、ここからはじまる男と女の追いかけっこが素晴らしいんです。素晴らしい緊張感です。激しく追いかけっこをするのにぎりぎりで交わらないんですね。それを、車が停車する瞬間で表現しきってしまったりします。モンテスが乗ってる車が前、後ろの車が女弁護士。モンテスの家の前で急ブレーキをかけてモンテスは止まるのですが、そのほんの数センチのところで急ブレーキをかけて女弁護士も止まるんですね。どきっとします。女弁護士とモンテスは共犯関係になります。ともにあの傷をおった闘牛をきっかけに殺人を犯した人間として。それにモンテスの彼女は嫉妬します。女弁護士を追いかけるんですが、これまたすごいシーンです。ヨーロッパのエレベーターは、真ん中にエレベーターがむき出しであって、そのまわりを階段がまわっているのが多いのですが、女弁護士がエレベーターで降り、そのまわりをぐるぐると少女がまわって降りてくるのですね。すごく美しいのです。名場面ですよ。ほんとに。

さて、非常に繊細で緻密な構成で物語は進んでいき、観客は息をのむサスペンスにかきたてられるのですが、ラストがすごい。さすがアルモドバルです。ぶち切れてしまいます。太陽と月が重なる日食の日、モンテスと女弁護士は最後に交わり、ともに死ぬために(これも愛の証明のパターンですな)逃げ出します。ところが、ヒメネス少年、実は超能力者だったのですねえ。あははは。そんなばかな。ここで賛否は真っ二つに分かれるでしょうねえ。一気にさめてしまう人もいるでしょう。でも、おかまいなしなんですね、おばか・アルモドバル氏は。超能力者なんて俺の友達にいくらでもいるよって平気でいいそうな人です。モンテスと女弁護士が逃げていく姿が見えてしまうヒメネス少年について警部たちは、彼らを追いかけます。その別荘までつきとめて踏み込もうとする瞬間に、あ、日食だっていってみんな見とれてしまうんですね。そのときに二人は死んでしまいます。

さあ、この映画をみなさんどう思うかとても興味があります。
間違いなく観て損はありませんから、ぜひどうぞ。


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